SHRIMP ENCYCLOPEDIA / HISTORY
結論:極火蝦とは
チェリーシュリンプの系統をたどる #3
古い写真と年代別資料から見えてきた、「極火」という名称とその実態
前回まで、「極火蝦」という名前を手掛かりに、チェリーシュリンプの歴史を追ってきました。
第1回では、台湾に残された資料から「火焰」「玫瑰」「極火」という名称を追い、さらに「Chocolateは極火から生まれた」という、現在の感覚では少し理解しにくい記録にも行き当たりました。
第2回では台湾からヨーロッパへ範囲を広げ、「Red Fire」「Sakura」といった名称を追いました。
そこで見えてきたのは、現在使われている名称を、そのまま過去へ当てはめることはできないのではないか、ということでした。
では、当時「極火」と呼ばれていたシュリンプは、実際にはどんな姿をしていたのでしょうか。
今回はもう一度台湾へ戻り、名称だけではなく、当時の写真そのものから「極火」を追ってみます。
そして結論から言えば、ここでようやく「極火とは何だったのか」について、一つの答えにたどり着けたように思います。
CHAPTER 01
2008年の「極火」を見て驚いた
非常に興味深い記録が残っています。
2008年、台湾の愛好家が購入した100匹の玫瑰蝦を撮影したものです。
その記録では、
「100隻玫瑰蝦(含極火、火焰、普通玫瑰蝦)」
と書かれています。
つまり100匹の「玫瑰蝦」の中に、普通玫瑰、火焰、極火が含まれている、という扱いです。
そして撮影者は、写真を見ながら「これは火焰」「これは極火だと思う」というように個体を分類しています。
ところが、その写真に写る「極火」を見て、私は少し驚きました。
現在の極火、あるいはPainted Fire Redとは、かなり外観が違うのです。
現在の基準で見れば、高グレードのレッドチェリーとして扱われても不思議ではない程度の赤に見えます。
殻全体を厚い赤が覆い、優れた雌では脚先まで濃い赤が乗る現在のPainted Fire Redとは、明らかな差があります。
しかし、だからといって、「この人が極火を間違えている」と考えるべきなのでしょうか。
どうも、そうではなさそうです。
CHAPTER 02
当時は、それが本当に「極火」だった
前回の記事では、2008年前後の台湾で「極火等級」という言葉が使われていた例を紹介しました。
今回の写真は、その意味をかなり分かりやすく示しているように思います。
普通玫瑰より赤い。
さらに赤ければ火焰。
その中でも特に優れた赤を持つ個体を極火と評価する。
少なくとも当時の一部の飼育者にとって、玫瑰・火焰・極火という名称には、現在のように明確に固定された品種を区別するだけではなく、赤色表現の程度を評価するグレードとしての性格が強くあったと考えた方が自然です。
これは、第2回まで名称を追う中で見えてきたこととも一致します。
当時の極火を、現在の極火の基準で評価してはいけない。
2008年当時、その個体はその時代の繁殖集団の中では非常に赤かった。
だから「極火」だった。
その後、さらに赤い個体が選ばれ続けました。
すると当然、「極火」と評価される個体そのもののレベルも上がっていきます。
CHAPTER 03
同じ名前のまま、その実態が変わっていった
2015年の台湾資料まで時代を進めてみます。
ここに掲載されている極火や烤漆の写真は、2008年のものとはかなり違います。
特に烤漆は、現在私たちがPainted Fire Redとして思い浮かべる個体にかなり近づいています。
つまり、わずか7年ほどの間にも選別改良が大きく進んでいたことが分かります。
これは「極火」という名前の意味が突然変わったというより、
極火と評価されるために必要な赤のレベルそのものが上がっていった。
と考えると分かりやすいでしょう。
赤い個体を残す。
その子孫から、さらに赤い個体を残す。
透明部分の少ない個体を残す。
殻全体に均一に色が乗る個体を残す。
脚まで赤くなる個体を残す。
これを何世代にもわたって繰り返す。
その結果として、赤の完成度そのものが上がっていったのでしょう。
現在のPainted Fire Redは、赤という方向については「ほぼ完成形」と言ってもよいところまで来ています。
全身を濃い赤が覆い、透明部分はほとんどなく、優れた雌では脚先まで発色する。
今後さらに改良が進むとしても、劇的に「もっと赤いエビ」になるというより、雄を含めた発色や、子世代に同じ表現が現れる割合など、固定度を高める方向が中心になっていくのではないでしょうか。
CHAPTER 04
「昔の極火は偽物」ではない
ここは今回の記事で、最も重要なところかもしれません。
現在のPainted Fire Redを知っている私たちが2008年の写真を見ると、「これは極火ではない」と思ってしまいます。
しかし、それは順序が逆なのだと思います。
現在の極火が先に存在し、その基準に満たないものを昔の人が誤って極火と呼んでいたわけではありません。
昔の極火を出発点として、さらに赤い個体を選び続けた結果が、現在の極火なのです。
2008年当時の極火が現在ならレッドチェリーの上位グレード程度に見えることは、当時の名称がおかしかった証拠ではありません。
むしろ、この20年ほどで、それだけ選別改良が進んだという証拠として見るべきなのでしょう。
同じ「極火」という名前でも、2008年と現在では外観が違う。
それは矛盾ではありません。
同じ名称が使われ続ける一方で、その名称が指す個体の実態が、選別改良とともに変わっていったのです。
CHAPTER 05
すると「極火からChocolate」の見え方も変わってくる
ここで、第1回から残っていた疑問に戻ります。
台湾の資料には、
Chocolateは極火から生まれた
という記録があります。
最初にこれを見たとき、私はかなり違和感を覚えました。
現在のPainted Fire Redを思い浮かべれば当然です。
あれほど赤へ純化された個体から、なぜ茶色や黒のChocolateが生まれるのでしょう。
しかし今回、2008年の極火を実際に見ることができました。
当時の「極火」は、現在のPainted Fire Redではありません。
現在ほど固定されていない赤系改良集団の中で、その時代にもっとも赤の優れた個体を極火と呼んでいた可能性が高い。
そう考えると、「極火 → Chocolate」という記録も、「現在のPainted Fire RedからChocolateが突然生まれた」という意味に読む必要はなくなります。
ただし、ここから先を調べていくと、さらに別の問題が見えてきました。
CHAPTER 06
調べるほど「一本の系統図」では説明できなくなった
Chocolateの成立を追って2010年代初頭の台湾資料を調べていくと、当時すでに非常に多くの表現型が存在していたことが分かります。
2011年にChocolateが展示された際の記録には、
「Chocolateの極黒形態」
さらに、
「Chocolateの極藍形態」
と説明された個体まで残っています。
現在のChocolateという名前から想像する茶色だけではありません。
黒、赤褐色、さらには濃い青。
後年の台湾資料でも、Chocolateには深黒、紅棕、深藍という複数の色系が存在すると説明されています。
一方、同じ頃には琉璃や藍絲絨といった別の改良系統もすでに存在していました。
つまり「青」という一つの表現だけを見ても、単純に一つの系統から順番に生まれたとは限らないのです。
さらに2015年の台湾資料を見ると、赤、黄、橙、茶、黒、青、緑、そして各種琉璃など、現在につながる非常に多くの表現型がすでに揃っています。
ここまで調べて、私は一度考え方を変える必要があると思うようになりました。
CHAPTER 07
「○○から○○が生まれた」は、本当にそんなに単純なのか
現在、チェリーシュリンプの系統はかなりきれいに整理されています。
レッド系。
ルリー系。
Chocolate/Shoko系。
ブルー系。
そして、「AからBが生まれ、BからCが生まれた」という系統図も数多く存在します。
現在の品種を理解するためには、とても便利な分類です。
しかし、それをそのまま20年前の育種現場へ持ち込むことができるのでしょうか。
台湾の育種家への取材記録を読むと、新しい色彩変異を見つければ、その個体を取り出し、同じ表現同士で繁殖させ、純化するという作業が行われていました。
ところが、それだけではありません。
一度純化した異なる色系同士を再び交配し、そこから新しい色を選別することも行われていました。
つまり実際の育種は、
B→
C
という一本道だけではありません。
変異を見つける。
分離する。
選別する。
純化する。
別の系統と交配する。
そこからまた目的の表現を選ぶ。
こうした作業が繰り返されていたのです。
実際の育種史は「系統樹」というより、枝分かれした線が、ときには再び交わる網のようなものだった可能性があります。
CHAPTER 08
赤だけではない
もちろん、赤系だけがこうした選別を受けたわけではありません。
野生型のNeocaridinaには、もともと色彩の幅があります。
そこから黄色を選び続ければYellow系へ。
橙色を選び続ければOrange系へ。
色素が部分的に抜ける表現を選べばRiliへ。
青を選べばBlue系へ。
さまざまな方向へ選別と純化が進んでいきました。
その中でも、Chocolate、そして現在Shoko系と呼ばれるグループについては、少し特殊だった可能性があります。
初期のChocolateには茶色だけではなく、黒や赤褐色、濃青まで含む幅広い表現が確認できるからです。
現在ではChocolate、Bloody Mary、Black Rose、Blue Dreamなどとして明確に区別されている表現も、初期には現在ほどはっきり分離されていなかった可能性があります。
ただ、このChocolate/Shoko系について調べ始めると、極火とは別に一つの記事が必要になるほど話が広がってしまいました。
そこで今回は深入りしません。
CHAPTER 09
では、「極火→Chocolate」とは何だったのか
現時点で、「極火からChocolateがこのような手順で作られた」と一本の系譜を描くことはできません。
むしろ今回分かったのは、そのような一本の矢印で考えること自体が、当時の育種を単純化しすぎている可能性があるということでした。
少なくとも、「極火」という言葉を現在のPainted Fire Redに置き換えて、
Chocolate
と考えるのは適切ではないでしょう。
当時「極火」と呼ばれていた赤系改良個体群がChocolateの成立に関係していた。
その周辺では、さまざまな色彩変異の分離、選別、純化、そして異なる系統間の交配が行われていた。
現時点では、そこまでが資料から読み取れる範囲だと思います。
しかし、それだけでも第1回で感じた、
「極火からChocolateが生まれたなんて本当なのか?」
という違和感の正体は、かなり見えてきたように思います。
CHAPTER 10
「現在の完成形」から過去を見ない
3回にわたって極火を追ってきました。
最初は、単純に極火という品種がいつ誕生したのかを知りたかっただけでした。
ところが調べていくうちに、名称そのものが時代や地域によって揺れ、さらに同じ名称であっても、それが指す個体の完成度まで時代によって違うことが分かってきました。
2008年の極火。
2015年の極火。
そして現在のPainted Fire Red。
同じ「極火」という名前を持っていても、その赤の完成度は大きく違います。
だから古い資料を読むとき、現在の完成した個体を基準にしてはいけない。
現在の極火は、20年ほどにわたる選別改良の末に到達したほぼ完成形だからです。
その完成形を頭に置いて、
「2008年のこれは極火ではない」
「極火からChocolateが生まれるはずがない」
と考えてしまえば、過去の記録は矛盾だらけに見えます。
しかし、当時の個体を当時の基準で見れば、その矛盾の一部は消えていきます。
極火とは、最初から現在のPainted Fire Redだったのではありません。
その時代ごとに「より赤い個体」が選ばれ、その基準自体が育種とともに上がり続けた。
その長い選別の先に、現在の極火があります。
そして、その周囲では黄色、橙色、茶色、黒、青、模様と、さまざまな表現が拾われ、分離され、ときには再び交配されながら、現在私たちが「品種」「系統」と呼んでいるものへ整理されていったのでしょう。
現在のきれいな系統図は、現在のシュリンプを理解するための地図としては非常に便利です。
しかし、それがそのまま20年前の育種の歴史を表しているとは限りません。
完成した現在から、未完成だった過去を見ない。
これが、今回「極火」を追って得た一番大きな答えだったように思います。
3回にわたって続けてきた「極火」を追うシリーズは、ここで終わりにします。
最初は一つの名前の由来を調べていただけでした。
しかし古い記録を追ってみると、その名前の向こう側に、約20年にわたって「より赤く」を追い続けた台湾の選別改良の歴史が見えてきました。
2008年の極火と、現在のPainted Fire Red。
この二つを見比べると、その違いこそが、この20年間に積み重ねられてきた育種の成果なのだと思います。
SOURCES
今回参照した主な資料
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2008年台湾の一般飼育者による「玫瑰蝦・火焰蝦・極火蝦」の写真記録
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Mobile01――2011年「百蝦齊放」展示記録(Chocolate極黑形態・極藍形態ほか)
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天下雜誌――台湾の観賞蝦育種と王國中氏への取材(2015)
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黃章文「臺灣觀賞米蝦種原品系開發與分子選育應用」『農業生技產業季刊』第43期(2015)
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「臺灣淡水觀賞蝦之培育技術發展概況」(2015)
※本記事では、当時の名称使用・写真・流通記録と、後年の研究・取材資料を区別しながら参照しています。系統関係については、資料から確認できる事実と筆者の仮説を分けて記述しています。