SHRIMP ENCYCLOPEDIA / HISTORY

Sakuraとは何なのか?

チェリーシュリンプの系統をたどる #2

「極火」を追ってヨーロッパへ――そこに現れたもう一つの名前

極火蝦として扱っている赤系チェリーシュリンプ
当店で「極火蝦」として扱っている赤系チェリーシュリンプ。2000年代の記録を追うと、赤系Neocaridinaには「極火」「Red Fire」「Sakura」など、地域によって異なる名称が使われていたことが分かります。

前回は、2002年に「火焰蝦」が発表されたとする後年の記録と、2005年には「玫瑰蝦」という名称が台北の水族店で実際に使われていた同時代記録までを確認しました。

その続きとして「極火蝦」という名称を追っていくと、少なくとも2007年末には台湾の一般飼育者の記録に「極火蝦」という名前が現れます。

ところが、同じ時代のヨーロッパへ目を向けると、台湾側ではまだ見ていなかった別の名前が飛び込んできます。

Sakura。

今回は、この「Sakura」という名称を追ってみます。

CHAPTER 02

「極火」を追ってヨーロッパへ――Sakuraとは何なのか?

2007年|台湾では「極火蝦」がすでに使われていた

2007年12月26日に公開された台湾の一般飼育者のブログには、写真付きで「極火蝦」が紹介されています。記事では、すでに繁殖していることも記録されています。

この資料だけから、「極火」という名前がいつ誕生したのか、誰が名付けたのかまでは分かりません。

しかし少なくとも、2007年末には「極火蝦」という名称が実際の飼育現場で使われていたことは確認できます。

2008~2009年|「極火等級」という考え方

2008年の台湾の個人記録には、当時の販売者が「玫瑰」「火焰」「火焰S」「SS」など、さまざまな名称や等級を使っていたことが書かれています。

その筆者自身は、赤系シュリンプを「玫瑰」「火焰」「極火」の三段階に整理し、最上位の表現を「極火等級」と呼んでいます。また、極火の表現を維持するためには継続的な選別が必要だとも述べています。

2009年の台湾の掲示板にも、「極火は選別された玫瑰にすぎない」という趣旨の発言や、同じように見える個体が店によって「玫瑰」「極火」と異なる名前で販売されていることへの疑問が残されています。

これらも市場全体の公式見解ではありません。ただ、当時の「玫瑰」「火焰」「極火」の境界が、現在私たちが想像するほど明確ではなかった可能性を考える補助資料にはなります。

同じ頃のドイツでは「Red Cherry」と「Red Fire」は同じだった

ここで一度、台湾を離れてヨーロッパへ目を向けてみます。

2000年代後半のドイツ語圏の記録では、Red CherryとRed Fireは基本的に同じシュリンプの別名として扱われています。

つまり、現在よく見かける「Red CherryよりRed Fireの方が上位」というグレード観を、そのまま2000年代後半のドイツへ当てはめることはできません。

そして、その海外市場の記録に、台湾側ではまだ見ていなかった名前が現れます。

「Sakura」です。

2007~2009年|海外市場に現れた「Sakura」

恐らく、日本のアクアリストにはあまり馴染みのない名前だと思います。

日本国内でチェリーシュリンプの流通名として「Sakura」という名称が使われることは、少なくとも現在ではほとんどありません。

私自身も、海外の最新系統情報や古い流通記録を調べる中でしか目にしない名称です。

しかし、欧米圏のアクアリストにとって「Sakura」は決して珍しい名前ではありません。現在でも、Red Sakura、Orange Sakura、Black Sakuraなど、さまざまな形で広く使われています。

では、この「Sakura」はいつ頃から使われていたのでしょうか。

今回確認できた記録では、2007年8月にはすでにシンガポールの実店舗で「Sakura Cherry Shrimp」という名称の商品が、通常のCherry Shrimpとは別の商品・別価格で販売されていました。

この記録から確実に言えるのは、少なくとも2007年夏には「Sakura Cherry」という流通名が海外市場に存在していたということです。

翌2008年4月には、ドイツのLogemann兄弟を取材した記事の写真キャプションに、「Sakura Red Fire」という表記が確認できます。

ただし、これはLogemann兄弟本人の発言だとは確認できません。あくまで取材記事側の写真キャプションとして確認できる名称です。

それでも、2008年春のドイツ語圏で「Sakura」と「Red Fire」を組み合わせた名称が使われていたことは分かります。

そして2009年のドイツでは、台湾のブリーダーから品質・価格の異なるSakuraが輸入されているという具体的な記録が残っています。

同じ投稿者は後の2012年になると、自ら台湾からSakuraを直接仕入れていることを、具体的な輸入数量とともに記しています。

その人物はRed Fire/Red Cherryについては台湾以外の地域からも仕入れる一方、そうした個体をSakuraとは呼ばない、と説明しています。

少なくとも当時の輸入側では、Sakuraを単に「赤いRed Fireなら何でもよい」という言葉ではなく、台湾由来の選別個体群として認識していた可能性があります。

Sakuraとは何なのか?

日本人なら「Sakura」という名前を見れば、まず「桜」を連想するでしょう。

しかし、この名称を誰が付けたのか、そしてなぜ「Sakura」だったのかについて、今回確認できた資料から答えを出すことはできませんでした。

台湾の資料で「櫻花蝦」という名前を探せば分かるのではないか、とも考えられます。

ところが、ここには大きな問題があります。

台湾で「櫻花蝦」といえば、一般には観賞用Neocaridinaではなく、食用として広く知られる別種のサクラエビを指します。

そのため、古い台湾資料に「櫻花蝦」や英語の「Sakura shrimp」という表記を見つけても、それだけで観賞用NeocaridinaのSakuraと結びつけることはできません。

Sakuraという名称の語源は、現時点では未解決です。

ただし、「Sakuraが何を指していたのか」については、少し手掛かりがあります。

実はここに来て、一つつながる糸があります

当店と取引のある台湾の老舗ファームでは、現在も赤系NeocaridinaをRoseとFireに分けて販売しています。

これは単なる名称の違いではありません。

RoseとFireはいずれも不透明で、体全体にしっかりと赤色が乗ります。

しかし実物を比較すると、Roseは比較的明るい赤色であるのに対し、Fireは色素がさらに濃く、やや黒みを帯びた深い赤色になります。

また、Fireには殻そのものが厚くなったように見える独特の質感があります。

特にオスではこの差が分かりやすく、RoseとFireでは色の濃さや質感に明瞭な違いが見られます。

では、RoseとSakuraは同じ位置にあったのか

ここで2000年代の記録へ戻ります。

台湾国内では「玫瑰」「火焰」「極火」という名称が使われていました。

一方、海外では台湾から輸出される赤系Neocaridinaに「Sakura」という名称が現れます。

ここから、一つの可能性が浮かびます。

玫瑰/Rose≒
Sakura

台湾で「玫瑰(Rose)」と呼ばれていた個体群に近いものが、輸出市場では「Sakura」と呼ばれていたのではないか。

しかし、2000年代当時の台湾の生産者や輸出業者が「玫瑰蝦をSakuraとして輸出した」と明記した一次資料は、今回の調査では見つかっていません。

したがって、これは現時点では仮説に留めます。

Sakuraは赤だけに使われなくなった

Sakuraを考えるうえで、もう一つ重要なことがあります。

Sakuraは赤だけの名称ではありません。

少なくとも2011年には、ヨーロッパの記録にOrange SakuraやBlack Sakuraという名称が現れています。

つまり、赤いSakuraが海外市場に登場してからわずか数年後には、「Sakura」という語が他の体色にも使われ始めていたことになります。

このことから、少なくとも後にはSakuraが単なる「赤いシュリンプの固有名」ではなくなったことが分かります。

では、なぜ他の色にまでSakuraが使われるようになったのでしょうか。

一つ考えられるのは、台湾から「Sakura」として輸入された赤い個体が、それまでのRed Cherry/Red Fireよりも一段階しっかりと色が乗ったものとしてヨーロッパで認識され、

Sakura = 従来より色の乗りがよい、より高い色彩グレード

というイメージが形成された可能性です。

その結果、より色の乗ったOrangeやBlackにもSakuraという名称が転用されていった――。

この時系列とはよく合います。

しかし、それを直接証明する資料はまだありません。

これも現時点では仮説として残します。

現在のグレード表を過去へ持ち込まない

現在では、Red Cherry、Sakura、Fire Red、Painted Fire Redなどを、赤色表現の段階として並べる解説を見かけます。

しかし今回、2000年代の記録を追ってみると、この分類をそのまま過去へ適用することはできません。

台湾では「玫瑰」「火焰」「極火」。

同じ頃のドイツでは、Red CherryとRed Fireが同じシュリンプの別名として使われる。

そして、そこへ台湾からSakuraが入ってくる。

さらに数年後にはOrange SakuraやBlack Sakuraまで現れます。

現在使われている名称体系は、異なる地域で使われていた名称、輸出時の商品名、そして後から形成されたグレード概念が混ざり合って成立した可能性があります。

少なくとも、現在のグレード表を使って、2000年代の個体を現在の名称へそのまま置き換えることはできません。

「極火」を追っていたはずだった

今回も、最初は「極火蝦」という名前を追っていました。

しかしヨーロッパへ目を向けたことで、Sakuraという別の名前に行き当たりました。

そしてSakuraを追って分かったのは、その語源ではありませんでした。

しかし、この寄り道によって一つ再確認できたことがあります。

現在使われている名前を、そのまま過去へ当てはめることはできません。

2000年代の台湾には「玫瑰」「火焰」「極火」があり、同じ頃の海外市場には「Red Cherry」「Red Fire」、そして「Sakura」がありました。

しかも、それぞれの言葉が指していたものは、現在私たちが使っている名称と完全に一致するとは限りません。

では、これらの名前はその後どのようにつながっていったのでしょうか。

そして現在「Fire Red」「Painted Fire Red」と呼ばれている赤いシュリンプは、台湾の「火焰」「極火」と本当に同じ系譜の先にあるのでしょうか。

次回はもう一度台湾へ戻り、その後の赤系Neocaridinaの選別と名称の変化を追ってみます。

SOURCES

今回参照した主な資料

※本記事では、主に当時の名称使用と流通状況を確認するため、同時代のブログ・フォーラム・取材記事を参照しています。これらを生産者による公式な品種定義や育種史そのものの証拠とは区別して扱っています。なお、本文中で参照した2008年のLogemann兄弟への取材記事は、現在日本からのアクセスが制限されているため、参照リンクには掲載していません。