SHRIMP ENCYCLOPEDIA / HISTORY
極火蝦とは何なのか?
チェリーシュリンプの系統をたどる #1
赤いチェリーシュリンプの名前を追うと、系統史の「定説」まで揺らぎ始めた

「極火蝦」という名前を聞いて、どんなシュリンプを思い浮かべるでしょうか。おそらく多くの方が、全身を濃い赤で覆われた、レッドチェリーシュリンプの上位グレードを想像すると思います。
日本では長い間、
サクラ→
極火(レッドファイアー)
といった名称が、それぞれ異なる赤系チェリーシュリンプの品種名として扱われてきました。
当店でも「極火」という名称を一つの品種名として使用してきましたし、現在の日本市場でも、この分類は広く使われています。
しかし最近、この「極火」という名前を使い続けてよいのだろうか、と疑問を感じることが増えてきました。
市場を見れば、明らかに現在、極火と呼ばれているグレードには達していないと思われる個体が「極火蝦」「レッドファイアー」として販売されていることがあります。
一方で、シュリンプを長く飼育している愛好家の間でも、台湾でいう「玫瑰蝦(ローズ)」と分類される発色――明るい赤で、現在のブラッディマリーにも近い色合い――を「極火」と認識しているケースがあります。
だからといって、それを単純に「間違い」と片付けることもできません。
チェリーシュリンプそのものが、この20年ほどの間に猛烈な勢いで改良されてきたからです。
かつて「非常に赤い」と評価された個体と、現在の高度に選別された赤い個体では、その発色は大きく異なります。昔の写真を現在の基準で見れば、それほど高いグレードには見えないことさえあります。
また、チェリーシュリンプには、いわゆる「先祖返り」と呼ばれる現象もあります。選別を続けなければ、世代を重ねるうちに求めていた特徴が崩れ、結果としてグレードが下がっていくという問題です。
昔の極火と、現在「極火」と呼ばれているものは、本当に同じものなのだろうか?
台湾やヨーロッパでは、チェリーシュリンプの品種改良がその後も進み、より濃く、より複雑な発色を持つさまざまな品種が登場しました。結果として、系統の区分や、それぞれの系統内におけるグレード基準も、比較的整理された状況にあります。
それに対して日本では、かなり早い時期に入ってきた「レッドチェリー」「極火」といった名称が、その後も大きく整理されないまま、「なんとなく」で使われ続けています。
世界のチェリーシュリンプを取り巻く状況が変化し続けている一方で、日本だけが十数年前に取り残されているような感覚があります。
そこで、まずはそもそも「極火蝦」という名前は、いつ、どこで、何を指す言葉として生まれたのかを、改めて調べてみることにしました。
PROLOGUE
調べるうちに、別の疑問が浮かんできた
そもそも「極火蝦」という名前は、いつ、どこで、何を指す言葉として生まれたのか。
そんな疑問から古い資料を調べ始めたのですが、ここまで難航するとは思いませんでした。
2000年代の台湾の記録を年代順に追っていくと、「極火」は現在私たちが考えているような、明確に定義された一つの品種名として始まったわけではなかった可能性が見えてきます。
さらに調査を進めると、この問題は赤いシュリンプだけでは終わりませんでした。
台湾には、「Chocolate(巧克力蝦)は極火蝦から生まれた」とする資料が残されているのです。
もしこの資料が正しいのであれば、Shoko Lineが野生型から独立して選抜された血統だった、というこれまでの理解が覆ることになります。
「極火蝦とは何なのか」を調べ始めたはずが、いつの間にか、半ば定説として受け入れてきたチェリーシュリンプの系統史そのものを、もう一度検証する必要が出てきました。
もちろん、20年以上前の観賞用シュリンプの育種史には、記録が残っていない部分も少なくありません。
後年になって書かれた資料同士で説明が一致しないこともあります。また、当時使われていた「品種名」「グレード名」「流通名」を、現在の感覚でそのまま血統名として解釈してよいのか、という問題もあります。
そのため、現在残されている資料だけから、一つの「正解」を断定することはできません。
そこでこの記事シリーズでは、最初から結論を決めるのではなく、当時の台湾の記録をできる限り年代順に並べながら、「極火蝦」という名前が何を意味していたのかを追ってみたいと思います。
その名前を追っていくと、赤いチェリーシュリンプの歴史だけでなく、Chocolate、そして現在Shoko系と呼ばれている血統の成り立ちまで、少し違った姿が見えてきます。
CHAPTER 01
「極火」が生まれる前――台湾で始まった赤いシュリンプの選別
現在「極火蝦」と呼ばれているシュリンプの歴史を調べるなら、まず「極火」という名前が現れる以前まで遡る必要があります。
その出発点として資料に登場するのが、台湾で「黑殼蝦」と呼ばれてきた野生のNeocaridinaです。
現在確認できる台湾の資料では、赤系チェリーシュリンプの歴史を考えるうえで重要な年として2002年が挙げられています。
国立台湾海洋大学・水産養殖学系の黃章文氏が2015年に発表した「臺灣觀賞米蝦種原品系開發與分子選育應用」では、黃琪文氏が2002年に黑殼蝦から選育し、「火焰蝦(Flame Shrimp)」を発表したとされています。
そして、この後の記録を追っていくと、「火焰」「玫瑰(バラ)」「極火」という名称が出てきます。
Fire Redを指すと思われる名称が、2000年代前半には、すでに複数存在していたのです。
残念ながら、今回の調査では2002年当時の「火焰蝦」だと確認できる写真までは見つけることができませんでした。
そのため、2002年に発表されたとされる「火焰蝦」が、現在の基準でどの程度の赤色表現を持っていたのかは分かりません。
しかし、その後の記録を年代順に追っていくことで、「火焰」「玫瑰」「極火」という名称が、当時どのように使われていたのかは少しずつ見えてきます。
2005年|「玫瑰蝦」はすでに水族店で流通していた
次に確認できる興味深い記録が2005年2月です。
2005年2月7日に台湾の一般飼育者が公開したブログには、生態瓶に入れた生体の入手元として、台北の水族街で入手した「玫瑰蝦」と「蜜蜂蝦」が記録されています。
つまり少なくとも2005年2月には、「玫瑰蝦」という名称が、一般のアクアリストが水族店(熱帯魚ショップ)で購入できるほど流通していたことが確認できます。
ここで重要なのは、この記録から「玫瑰蝦という品種が2005年に成立していた」とまでは断定できないことです。
この資料から確認できるのは、あくまで2005年の台湾で「玫瑰蝦」という名称が実際の流通で使われていたということです。
資料だけを読めば、
火焰蝦→
玫瑰蝦→
極火蝦
という、きれいな品種改良の歴史を想像したくなります。
しかし、本当にそうだったのでしょうか。
当時の記録をさらに追っていくと、「火焰」「玫瑰」「極火」は、明確な「別品種」として使われていたとは言い切れない状況が見えてきます。
では、「極火」という名前はいつ現れ、当時の人々は何を「極火」と呼んでいたのでしょうか。
次回は2007~2009年の台湾へ進み、「極火蝦」という名称そのものが使われていた同時代の記録を追っていきます。
SOURCES
今回参照した主な資料
※本記事では、研究・専門資料と、当時の名称使用を確認するための同時代の個人記録を区別して参照しています。