SHRIMP ENCYCLOPEDIA / HISTORY
「シャドー」という名はどこから来たのか
SHADOW SHRIMP HISTORY — NAME
金剛系が世界へ広がる中で生まれた、もうひとつの歴史
前の記事では、現在日本で「シャドー系」と呼ばれているシュリンプが、台湾でどのように作られたのかを追いました。
台湾の資料から確認できたのは、2005年頃に「金蝦」と呼ばれる白化した突然変異個体が現れ、それを水晶蝦の育種に利用する中から、黒金剛、藍金剛、酒紅などの新しい表現が生まれていったという歴史です。
2007年には黒金剛の開発に成功したと記録され、2007~2009年には台湾で金剛蝦の養殖・育種が盛んになっていきます。
ところが、この歴史を追っていると、別の疑問が出てきます。
なぜ、日本では「シャドー系」と呼ぶのでしょうか。
台湾では「金剛蝦」「金剛系」。
欧米では「Taiwan Bee」。
日本では「シャドー系」。
黒金剛、パンダ、酒紅、藍金剛などが別々の系統だったわけではありません。
台湾では、これらはもともと同じ金剛系の中で育成されてきました。
変わったのは、エビそのものではなく「その系統を何と呼ぶか」だったのです。
では、「シャドー」という名前は、いつ、どこから現れたのでしょうか。
CHAPTER 01
金剛系が台湾の外へ出ていく
台湾では2007年頃には黒金剛が開発され、その後、金剛系の育種が急速に広がっていきました。
そして2008~2009年になると、その存在は台湾国外のシュリンプ愛好家にも知られるようになります。
国外で最初に目立つのは、系統全体の名前よりも、それぞれの表現につけられた名前です。
King Kong、Panda、Wine Red。
2009年3月、ドイツのシュリンプフォーラムには、台湾のWaterBoxから直接シュリンプを購入しようとする記録が残っています。
そこで台湾側から提示された英語の価格表には、
| 台湾から提示された名称 | 現在の系統上の位置づけ |
|---|---|
| Wine Red Shrimp | 金剛系の赤系表現 |
| Hinomaru Wine Red Shrimp | 酒紅の模様表現 |
| Black Panda Shrimp | 黒系のパンダ表現 |
| Black King Kong Shrimp | 黒金剛 |
興味深いのは、台湾側のこの価格表では、それぞれの表現名が並んでいることです。
ところが、それを紹介したドイツ側の飼育者は、これらをまとめて「Taiwan Bee」と呼んでいました。
つまり少なくとも2009年3月には、台湾から流通する金剛系をまとめる名称として、欧州の愛好家の間で「Taiwan Bee」が使われていたことになります。
CHAPTER 02
「Taiwan Bee」はすでに2009年初頭にあった
さらに遡ることができます。
2009年1月2日のドイツのシュリンプフォーラムには、黒系・赤系の個体について、すでに「Taiwan Bees」という表現が使われています。
この時点で、Taiwan Beeは単独の模様名ではなく、台湾から登場した新しいビーシュリンプの一群をまとめる言葉として使われています。
同じ年の12月になると、この使い方はさらに明確になります。
ドイツのフォーラムでは、パンダ、黒金剛、Blue Bolt、Red Rubyなどの遺伝について議論しながら、それらをまとめてTaiwan Beeとして扱っています。
つまり欧州ではかなり早い段階から、
Taiwan Bee = 台湾から登場した金剛系全体をまとめる名称
という使い方が成立していたと考えてよさそうです。
この呼び方は分かりやすいものでもあります。
台湾から登場した新しいビーシュリンプだから、Taiwan Bee。
そして実際に、この名称はその後も欧米で金剛系をまとめる名称として残っていきます。
CHAPTER 03
では、“Shadow”はどこから来たのか
ここから話が少し複雑になります。
欧州ではすでにTaiwan Beeという総称が使われていました。
ところが、同じ2009年前後の記録を追うと、別の言葉も現れます。
“Shadow”
です。
ただし、初期の“Shadow”は、Taiwan Beeと完全に同じ意味で使われていたとは限りません。
2009年11月にハンガリーのシュリンプ飼育者が公開した記事では、King Kong、Panda、Red RubyなどをまとめてTaiwan Beeと呼んでいます。
ところが、その中の特定の個体には、「shadow garnéla(シャドー・シュリンプ)」という表現が使われています。
同じ記事の中で、系統全体はTaiwan Bee。
一方で、一部の個体についてはShadow。
この記録を見る限り、少なくともこの時点の“Shadow”は、Taiwan Bee全体を指す唯一の総称ではありません。
何らかの特徴を持つ個体、あるいはその表現を指していた可能性があります。
ただし、ここから「Shadowとはこの発色を意味していた」とまでは断定できません。
この時代の“Shadow”には、まだ使い方の揺れが見られます。
CHAPTER 04
“Shadow”は何を表していたのか
金剛系には、それまでのビーシュリンプとは少し違って見える独特の発色があります。
色を均一に塗ったような発色ではなく、透明ではないのに奥行きがあり、赤や黒の濃淡が自然につながって見える。
特に酒紅系では、赤が均一ではなく、濃い部分と薄い部分が混ざり合う個体を見ることがあります。
2012年のハンガリーの飼育記録でも、赤系の個体について“shadow”という表現が使われ、その赤色は均一ではなく、濃い部分が混ざる大理石状の発色として説明されています。
こうした記録を見ると、“Shadow”という言葉と、金剛系特有の色の濃淡や奥行きとの間に何らかの関係があった可能性は考えられます。
しかし、ここは慎重に考える必要があります。
“Shadow”という名前が、この発色を理由として生まれたことを直接示す記録は、まだ確認できていません。
後年には海外の一部で“shadow gene”や“Shadow effect”といった表現も見られます。
ただし、これらが2009年前後から一貫して使われてきた共通用語だったことも確認できません。
したがって現時点では、「Shadow=特定の発色」と決めてしまうのではなく、初期にはTaiwan Beeの中の特徴的な個体や表現にも使われていた言葉として見ておくのがよさそうです。
CHAPTER 05
2009年、日本ではすでに「ブラックシャドー」
では、日本ではどうだったのでしょうか。
確認できる記録を追うと、日本でもかなり早い時期から「シャドー」という名称が現れます。
2009年8月25日に投稿された楽天市場の商品レビューには、
「最近ではブラックシャドーなどのブリーダーさんも利用されているようです」
という記述があります。
少なくとも2009年夏には、日本のシュリンプ愛好家の間で「ブラックシャドー」という名称が説明なしでも使われる程度には知られていたことがうかがえます。
さらに同年11月発売の『月刊アクアライフ』2009年12月号には、
「ブラックシャドーシュリンプとその仲間たち」
という記事が掲載されています。
個人の飼育記録だけではなく、全国流通するアクアリウム専門誌でも「ブラックシャドーシュリンプ」という名称が使われていたことになります。
つまり、日本で「シャドー」という言葉が広がった時期は、少なくとも2009年まで遡ることができます。
CHAPTER 06
「ブラックパンダ」と「ターコイズシャドー」
初期の日本では、名称が最初から現在のように整理されていたわけではなかったようです。
当時の飼育記録には、Taiwan Beeが「ブラックパンダ」として入荷され、その少し後に「ターコイズシャドー」も入荷していたという回想が残されています。
ここで興味深いのは、同じ金剛系の中でも、ある個体には「パンダ」、別の個体には「シャドー」という名前が使われていることです。
台湾から国外へ出た直後の金剛系には、King Kong、Panda、Wine Redなど、まず個々の表現を示す名前がありました。
日本でも初期には、こうした個別名と「シャドー」が混在していた可能性があります。
しかし、その後日本では「シャドー」が次第に系統全体をまとめる言葉として使われるようになります。
CHAPTER 07
日本で「シャドー系」が定着する
2010~2011年頃になると、日本での「シャドー」の使い方はかなり明確になってきます。
ブラックシャドー。
レッドシャドー。
ターコイズシャドー。
そして、それらをまとめる「シャドー系」「シャドーシュリンプ」。
2011年にはアクアリウム専門誌でもブラックシャドーの飼育・繁殖が特集され、同年刊行のシュリンプ専門書でも「ビーシュリンプ」「シャドーシュリンプ」が別のまとまりとして扱われています。
この頃には、日本では「シャドー」が単独の模様や発色を示すだけではなく、台湾の金剛系そのものをまとめる名称として定着していたと考えられます。
一方、欧州では同じ時期にもTaiwan Beeという呼び方が続いています。
2009年末のドイツの議論では、Blue Bolt、Panda、King Kong、Red Rubyなどが同じTaiwan Beeの中から現れることが普通に議論されています。
つまり、ここで系統そのものが分かれたわけではありません。
同じ系統群に、地域によって異なる総称が定着した。
と考える方が実態に近そうです。
CHAPTER 08
欧米の「Taiwan Bee」と日本の「シャドー系」
現在まで残った名称を見ると、この違いはさらに分かりやすくなります。
| 地域 | 主な総称 | 個別の呼称例 |
|---|---|---|
| 台湾 | 金剛蝦/金剛系 | 黒金剛・藍金剛・酒紅など |
| 欧米 | Taiwan Bee | King Kong・Panda・Wine Red・Blue Boltなど |
| 日本 | シャドー系 | ブラックシャドー・レッドシャドー・ターコイズシャドーなど |
たとえば台湾で「藍金剛」と呼ばれる青系の表現は、欧米では一般にBlue Boltと呼ばれています。
日本では「ターコイズ」あるいは「ターコイズシャドー」という名称が広く使われてきました。
名前だけを見ると別々の系統のようにも見えます。
しかし、もともとの台湾側の系統を見ると、いずれも金剛系の中にある表現です。
つまり、台湾、欧米、日本で系統の認識そのものが大きく食い違っているわけではありません。
同じ系統を、それぞれ別の名前で整理してきたのです。
CHAPTER 09
「シャドー」はどこから日本へ来たのか
ここまで追うと、ひとつだけ大きな問題が残ります。
日本で「シャドー」が使われ始めた時期は、2009年まで遡ることができます。
そして同じ頃、欧州でも“Shadow”や“Shadow Bee”という言葉が使われ始めています。
そのため、日本だけで独自に「シャドー」という名前が生まれたと考える必要はなさそうです。
しかし、ではどこで最初に“Shadow”という言葉が生まれ、日本へ入ってきたのか。
ここについては、まだ決定的な記録が見つかっていません。
台湾から日本へ直接「Shadow」という名前が伝わったのか。
香港、シンガポール、韓国などを含むアジアのシュリンプ市場で使われていた言葉が日本へ入ったのか。
あるいは欧州を含む国際的な愛好家の情報交換の中から広がったのか。
「Shadow」という言葉の最初の発生地点までは、現在確認できる記録からは特定できません。
ただし、ひとつ見えてきたことがあります。
2009年前後は、金剛系が台湾国外へ急速に知られ始めた時期でした。
King Kong、Panda、Wine Redなどの個別名が広がる一方で、それらをまとめて呼ぶ言葉も必要になります。
その中で欧米では「Taiwan Bee」が強く残り、日本では「シャドー」が系統名として定着していった。
現在確認できる時系列は、この流れとよく合います。
CHAPTER 10
名前だけが分かれていった
「シャドー」という名前を追い始めたとき、最初に考えたのは、その言葉が金剛系の何らかの特徴を表しているのではないかということでした。
実際、初期の海外記録を見ると、“Shadow”がTaiwan Bee全体ではなく、特定の個体や表現に使われていた例があります。
そのため、“Shadow”がもともと何らかの色彩表現を指していた可能性は残ります。
しかし、その語源を直接示す記録は見つかっていません。
一方で、名称がその後どうなったのかは、かなりはっきりしています。
台湾では「金剛系」。
欧米では「Taiwan Bee」。
日本では「シャドー系」。
名前は分かれました。
しかし、それぞれが指している系統群の中心は変わっていません。
黒金剛、パンダ、酒紅、藍金剛。
それらは台湾で同じ金剛系として育成され、国外へ広がった後も、Taiwan Beeやシャドー系という異なる総称の下で同じ系統群として扱われてきました。
つまり「シャドーシュリンプ」という名前の歴史は、新しい系統が日本で生まれた歴史ではありません。
台湾で生まれた金剛系が世界へ広がり、その過程で地域ごとに異なる名前を持つようになった歴史だったのです。
そして、“Shadow”という言葉そのものが最初にどこで生まれ、何を意味していたのか。
そこには、まだ少し謎が残っています。
SOURCES
今回参照した主な記録・資料
- 台湾の金剛系成立に関する『農業生技產業季刊』第43期(2015)掲載資料
- ドイツ Garnelenforum — 2009年1月「King Kong × Snowwhite」
- ドイツ Garnelenforum — 2009年3月「Panda, King Kong usw. direkt aus dem Erzeugerland kaufen」
- ドイツ Garnelenforum — 2009年12月「Reinerbigkeit Pandas」
- ハンガリー Szentgyo — 2009年11月「Crs mutációk: King kong, panda és társai」
- 『月刊アクアライフ』2009年12月号「ブラックシャドーシュリンプとその仲間たち」
- 2009~2011年の日本・欧州におけるシュリンプ飼育記録
※「Taiwan Bee」が2009年初頭には欧州で金剛系をまとめる名称として使われていたこと、日本で「ブラックシャドー」という名称が2009年には使われていたことは確認できます。一方、“Shadow”という言葉が最初にどこで生まれたのか、また当初どのような意味で名付けられたのかについては、現在確認できる記録からは特定できません。本記事では、確認できた同時代記録と、その後の名称の定着過程を分けて整理しています。