SHRIMP ENCYCLOPEDIA / HISTORY

シャドーシュリンプの起源 ― 金剛系はどのように誕生したのか

SHADOW SHRIMP HISTORY — ORIGIN

台湾の資料からたどる、金蝦から金剛系が生まれるまでの歴史

現在、日本で「シャドー系」と呼ばれているシュリンプの起源について調べると、大きく二つの説明に出会います。

ひとつは、ビーシュリンプの突然変異から生まれたという説。

もうひとつは、ビーシュリンプとタイガー系などの近縁種との交雑から生まれたという説です。

しかし資料を追っていくと、その成立は、この二つの説明だけではうまく整理できないことが分かってきます。

まず、比較的はっきりしているところから始めましょう。

現在、日本で「シャドー系」と呼ばれている系統群は、台湾で「金剛蝦」「金剛系」と呼ばれてきた育種群にあたります。欧米では、この系統群は一般にTaiwan Beeと呼ばれてきました。

この記事では、まずその発祥地である台湾へ戻り、金剛系がどのようにして誕生したのかを追っていきます。

CHAPTER 01

貴重な台湾側資料

金剛系の成立について、重要な資料があります。

2015年に台湾で刊行された『農業生技產業季刊』第43期に掲載された、

「臺灣淡水觀賞蝦之培育技術發展概況」
(台湾淡水観賞エビの育種技術発展概況)

です。

『農業生技產業季刊』は、台湾の財團法人台灣經濟研究院・生物科技產業研究中心が発行し、当時の行政院農業委員會(現在の農業部)の補助を受けて刊行されていた季刊誌です。

第43期は観賞水族産業を特集しており、観賞魚産業の動向、国際流通、観賞米蝦の系統開発と分子育種、淡水・海水観賞蝦の育種技術などがまとめられています。

台湾では観賞水族を農業・輸出産業のひとつとして育成し、品種開発や研究にも力を入れてきました。この資料は、その中で台湾の淡水観賞蝦がどのように育種されてきたのかを整理したものです。

CHAPTER 02

金剛系の前に「金蝦」がいた

この資料では、金剛系の歴史はいきなり黒金剛から始まりません。

その前に登場するのが、

「金蝦」

です。

資料では、2005年頃から白化した突然変異個体が流通するようになり、一般に「金蝦」と呼ばれていたと説明されています。

原文では、

「2005年時市場中開始有白化的突變個體」

と記されています。

ただし、CHAPTER 01で触れたように、この資料がまとめられたのは2015年です。2005年当時に「金蝦」が実際にどのように認識されていたのか、もう少し当時に近い記録はないのでしょうか。

2008年に残された「金蝦」の記録

台湾には、その手がかりとなる記録が残っています。

2008年に台湾の飼育者が公開した記録では、2005年9月下旬、友人が飼育していた紅水晶蝦の繁殖水槽から金色の個体が現れたとされています。

さらに2006年6月には、その個体を譲り受けて育種を始めたことが記されており、記事の中ではこの個体を「突變蝦(金蝦)」、あるいは「白蝦」と表現しています。

では、なぜこの金蝦が育種に利用されたのでしょうか。

その目的は、後の金剛系を作ることではありませんでした。

当時の水晶蝦育種では、白色部分の大きな個体が高く評価されていました。

そこで金蝦を水晶蝦と交配することで、

子孫の白色部分をさらに大きくできるのではないか

と考えられたのです。

つまり、金剛系につながる育種の出発点にあったのは、「黒」でも「青」でもありません。

「もっと白い水晶蝦を作る」という目的でした。

CHAPTER 03

白を増やそうとした結果、別の色が現れた

ところが、金蝦を利用した交配は、単純に白色部分を増やすだけでは終わりませんでした。

台湾の資料では、その子孫に、

「體色稀薄(体色が薄い・希薄になる)」

という特徴が現れたと記されています。

しかも資料では、これは当初「欠点」として扱われています。

白面積を増やすために金蝦を利用したにもかかわらず、期待したような発色にはならなかったのです。

しかし、その育種過程で状況が変わります。

この「體色稀薄(体色が薄い・希薄になる)」という特徴を逆に利用することで、子孫から黒金剛、藍金剛、酒紅水晶蝦など、それまでの水晶蝦とは異なる体色を持つ個体が育成されていきました。

「白を増やすための育種」が、「新しい色を作る育種」へ変わっていった。

CHAPTER 04

黒白水晶蝦と金蝦から「金剛蝦」へ

台湾資料は、金剛蝦についてさらに具体的に記しています。

金剛蝦は、台湾の愛好家や業者によって黒白水晶蝦と金蝦から選抜育種されたとされています。

一度の交配によって現在の黒金剛が完成したわけではありません。

選別を行い、さらに戻し交配を重ねることで、黒金剛の特徴を安定させていったと説明されています。

現在の台湾にも残る「金蝦から黒金剛へ」という系譜

そして、この「金蝦から金剛系へ」という系譜は、2015年の資料だけに見られる説明ではありません。

現在の台湾を代表する観賞用シュリンプの育種業者のひとつ、天空魚(Skyfish Aqua/天空魚股份有限公司)も、黒金剛の成立を説明する中で「金蝦」に言及しています。

天空魚は黒金剛について、金蝦の血統を持つ黒白水晶蝦の交配から得られた突然変異個体という系譜で説明しています。

これは2005年前後の出来事を直接記録した同時代資料ではありません。しかし、台湾の研究・産業資料に記された「金蝦の血統を取り入れた水晶蝦から金剛系が成立した」という系譜認識が、現在の台湾の第一線の育種業者にも引き継がれていることは注目されます。

そして、金剛系が成立した年代については、同じ2015年にまとめられた台湾の別の資料から、さらに重要な記録を確認することができます。

そして、同じ2015年にまとめられた台湾の別の資料「臺灣觀賞米蝦種原品系開發與分子選育應用」には、金剛系の成立年代について、さらに重要な記録があります。

2007年、黒金剛水晶蝦の開発に成功。

さらに資料では、2007~2009年に「金剛蝦」の養殖ブームが起こったとされています。

つまり、2005年頃に金蝦が市場へ現れ、その個体を利用した水晶蝦との交配と選抜が進められ、2007年には黒金剛と呼ばれる新しい表現がひとつの育種成果として成立していたことになります。

そしてその後、黒だけではなく、青や赤を含むさまざまな表現が育成され、台湾ではそれらが「金剛蝦」「金剛系」として扱われていきます。

年代・段階 資料から確認できること
2005年頃 白化した突然変異個体「金蝦」が市場で流通し始める
金蝦の利用 水晶蝦の白色部分を増やす目的で交配に利用される
子孫の変化 「體色稀薄(体色が薄い・希薄になる)」という特徴が現れる
2007年 黒金剛水晶蝦の開発に成功したと記録される
2007~2009年 台湾で金剛蝦の養殖・育種が盛んになる
金剛系の展開 黒金剛・藍金剛・酒紅などの表現が育成され、選別と戻し交配によって特徴が安定していく

CHAPTER 05

「白いビー」と「白を汚す」

ここで、少し視野を広げてみます。

2000年代のビーシュリンプ育種では、金蝦のほかにも、White Bee、Gold Bee、Golden Bee、Snow Whiteなどと呼ばれる白色~淡色の個体が知られるようになります。

ここで英語名を挙げたのは、当時、地域や流通経路によってこうした異なる名称が実際に使われていたためです。

ただし、これらがすべて同じ系統だったことを示す資料はありません。

金蝦=White Bee=Gold Bee=Snow White

と考えることはできません。

同じ血統が異なる名称で流通した可能性もあれば、別々のビーシュリンプから似た白色表現が生じた可能性もあります。

興味深いのは、こうした白色個体をレッドビーシュリンプの育種に利用した際にも、白色部分の質が変化することが知られていたことです。

白面積は増える。

しかし、白色部分が黄色味を帯びたり、透明感が強くなったり、不透明で厚く見えていた白が薄く見えることがある。

日本のレッドビーシュリンプ育種では、こうした現象を、

「白を汚す」

と表現してきました。

レッドビーシュリンプで高く評価される濃く不透明な白に対して、白色部分が薄くなったり、黄色味や透明感が現れたりすることを嫌った表現です。

そのため、後の純血系統では、Snow Whiteなどとの交配歴がないことが重要視されるようになります。

PRL(Pure Red Line/ピュアレッドライン)

という、近縁種との交配歴がないことを保証する言葉も生まれました。

近縁種との交配によって白面積だけを増やすことを明確に否定し、あくまでレッドビーシュリンプの血統内で選別改良を重ねることで、透けのない「純白」を作り上げようという考え方によるものです。

つまり、よりグレードの高いレッドビーシュリンプを作り上げるという目的において、Snow WhiteやGolden Beeなどと交配し、外部の遺伝情報を持ち込むことは「失敗」だったとされたのです。

CHAPTER 06

しかし――

レッドビーシュリンプでは欠点とされた、この「白の透け」。

もし、この性質を排除するのではなく、逆に選別していったとしたらどうでしょうか。

金剛系の特徴的な個体では、本来白く見える部分に、青~藍黒色が薄く重なって見えることがあります。

色を均一に塗ったような発色ではなく、透明ではないのに奥行きがあり、青や藍黒色の濃淡が水彩画のように自然につながる。部分的には、細かな点描のように色が浮かび上がって見えることもあります。

台湾資料に記された、

「體色稀薄(体色が薄い・希薄になる)」

という現象。

そしてレッドビーシュリンプの育種で「白を汚す」と嫌われた、白色部分の透け。

この二つが同じ現象だったと確認できる資料はありません。

しかし、白を増やそうとして淡色個体を交配した結果、白色表現の質そのものが変化したという点はよく似ています。

レッドビーシュリンプでは排除された性質が、台湾では別方向へ選別され、金剛系特有の色彩表現へつながっていった――。

その可能性は考えてみる必要がありそうです。

CHAPTER 07

もうひとつの起源説 ― タイガー系との交雑

欧米でTaiwan Beeの起源について調べると、もうひとつ頻繁に登場する説があります。

「ビーシュリンプとタイガー系を交配して作られたのではないか」

という説です。

ビーシュリンプとタイガー系の近縁種は交雑することができ、2000年代後半から2010年代にかけて、こうした交配からTaiwan Beeに似た表現を再現しようとする試みも行われていました。

日本でも、タイガー系の改良品種とビーシュリンプを交配し、世代を重ねながら金剛系に似た表現を再現しようとした育種記録が残されています。

しかし今回確認した記録の中では、

タイガー系とビーシュリンプの交配から、明確にTaiwan Beeと同じ表現が再現できたと判断できる証拠は見つかりませんでした。

交配によってビーシュリンプとは異なる模様や色彩を持つ個体が生まれていることは確認できます。

しかし、それらを黒金剛、パンダ、藍金剛などに見られる金剛系特有の表現と同じものだと判断できる画像記録は確認できませんでした。

つまり、確認できるのは、

「タイガー系との交配によってTaiwan Beeに似た表現を再現しようとする試みが実際に行われていた」

というところまでです。

それだけでは、台湾で最初の金剛系がタイガー系とビーシュリンプの交配によって作られたことの証明にはなりません。

CHAPTER 08

それでも残る「金蝦」の謎

一方で、これだけでタイガー系など近縁種の影響を完全に否定することもできません。

台湾資料で確認できるのは、金剛系が黒白水晶蝦と金蝦から選抜育種されたというところまでだからです。

その育種材料となった金蝦や、当時のビーシュリンプそのものが、それ以前にどのような遺伝的背景を持っていたのかまでは分かりません。

金蝦が近縁種との交雑を経た系統から生まれたのか。

あるいは、金蝦が生まれたビーシュリンプ集団に、すでに近縁種の遺伝的影響が存在していたのか。

それとも、そのような交雑とは無関係にビーシュリンプの中から突然変異として生まれたのか。

いずれも可能性として考えることはできます。

しかし、それを裏付ける資料は今回確認できませんでした。

CHAPTER 09

突然変異説か、ハイブリッド説か

金剛系の起源については、これまで「突然変異」と「タイガー系とのハイブリッド」という二つの説明が語られてきました。

今回確認した台湾資料を見る限り、突然変異が金剛系成立の重要な出発点になったことには根拠があります。

育種の出発点となった金蝦は、白化した突然変異個体として記録されています。

ただし、その突然変異個体が現れ、そのまま現在の金剛系になったというほど単純な歴史でもありません。

金蝦を水晶蝦と交配し、その子孫に現れた特徴を利用して選抜と戻し交配を繰り返すことで、黒金剛をはじめとする新しい表現が育成されています。

つまり、金剛系の成立を理解するには、突然変異だけではなく、その後に行われた意図的な交配と選抜育種まで含めて考える必要があります。

一方のハイブリッド説については、台湾で最初の金剛系がタイガー系との交配によって作られたことを示す明確な証拠は確認できませんでした。

現時点で、資料から確認できる成立過程を最もシンプルにまとめるなら、こうなります。

突然変異によって生まれた「金蝦」を水晶蝦と交配し、その子孫を選抜・戻し交配することで金剛系が作られた。

そして台湾では、2007年には黒金剛の開発に成功したと記録され、2007~2009年には金剛蝦の養殖・育種が盛んになっていきます。

タイガー系など近縁種の遺伝的影響については、金蝦やその祖先まで遡れば何らかの関係が存在した可能性を完全に否定することはできません。

しかし、それはあくまで可能性であり、現在確認できる資料からは確定できません。

現時点では、金剛系の成立史としては、ここまでを確認できる事実としておくことが最も正確でしょう。

ただし、「金蝦」とは、そもそも何だったのか。

その個体がどのような遺伝的背景から生まれたのかという謎は、今も残ります。

CHAPTER 10

そして、「シャドー」というもうひとつの謎へ

ここまで追ってきたのは、台湾で金剛系がどのように作られたのかという歴史です。

しかし、この系統が台湾の外へ出ていくと、もうひとつ興味深い問題が現れます。

台湾では、「金剛蝦」「金剛系」。

欧米では、「Taiwan Bee」。

そして日本では、同じ系統群が「シャドー系」と呼ばれるようになります。

同じ系統群なのに、なぜ日本では「シャドー」なのでしょうか。

黒金剛、パンダ、酒紅、藍金剛。

台湾では同じ金剛系として扱われてきたこれらのシュリンプは、国外へ流通する過程で、King Kong、Panda、Wine Red、Blue Boltなどの名前でも呼ばれるようになります。

ここで重要なのは、これらが別々の系統になったわけではないことです。

同じ金剛系をまとめて呼ぶ名称が、地域によって分かれていったのです。

では、いつ、どこで“Shadow”という言葉が現れたのでしょうか。

そして、なぜ欧米ではTaiwan Beeが残り、日本では「シャドー系」が定着したのでしょう。

次の記事では、2008~2009年ごろから始まる金剛系の国際流通を追いながら、「金剛蝦」「Taiwan Bee」「Shadow Bee」「シャドー」という名称がどのように使われてきたのかを調べていきます。

SOURCES

今回参照した主な資料

※本記事では、台湾側の研究・産業資料から確認できる金剛系の成立過程を中心に整理しています。タイガー系との交雑説については、後年に行われた交配の試みも確認しましたが、タイガー系とビーシュリンプの交配から金剛系と同等の表現が再現されたと判断できる明確な画像記録は確認できませんでした。また、金蝦や当時のビーシュリンプのさらに古い遺伝的背景については、現在確認できる資料からは確定できません。

NEXT — 名称編

台湾の「金剛系」、欧米の「Taiwan Bee」、日本の「シャドー系」。同じ系統群に、なぜ異なる名前が定着したのか。2008~2009年ごろの国際流通まで遡り、“Shadow”という名称の歴史を追います。


「シャドー」という名はどこから来たのか ― 金剛蝦・Taiwan Bee・Shadow Bee
→